自然農法研究会と生ジュース

ダンナが関わっていた自然農法研究会は、後にその地の市長になる人が立ち上げた団体で、地元だけでなく近隣の市や遠くは隣県からの30人程の、農薬不使用・無化学肥料で農産物を生産する有志の集まりでした。

集まったメンバーはキャリア15年以上のベテランから、新規参入の若者まで多彩で、実際の農法もそれぞれでしたが、「3年以上農薬・化学肥料を使わない」を合言葉に、農法の勉強会や販路の開拓を行うことを目的としていました。

なので、いわゆる有機農業から、耕さない・何も足さない自然農法まで、その手法は様々でした。四季の野菜を多品種作る人、新規参入で小松菜・水菜・チンゲン菜に特化した団体、ぶどうやブルーベリー・いちじくなどの果実専門の人、そしてうちのダンナの様に米麦・蕎麦を作る人。それぞれが知恵やノウハウを持ち寄って、月に一回は会合を開いていました。

立ち上げた人が市長に当選すると、そのあとは一人でぶどう畑を開墾した人が長になりました。私が顔を出し始めたのはその時期で、抗酸化作用のある「ぶどうポリフェノール」などを治療の助けにと下さったり、いろいろ世話になりました。

その方の開墾したぶどう畑は、A山麓の標高500mにある高原で、そのすぐ近くにあった廃校になった小学校の分校を研究会で借りられることになり、私は会のHPなどを作りながら、月に一度の会合での議事録作成や、年度末の総会時の会計報告をするようになりました。正式に参加しだしたのは乳がんの手術の直前と直後でしたが、手術をしたことは誰にも話さず、何食わぬ顔で事務作業を始めました。

ノスタルジックな山の分校で自然農法の勉強会

その山の分校は、戦後間もない人口が増え始めた頃の木造校舎で、当時2クラスの生徒がいたそうです。職員室に教室2つ、小さな図書室と床のしっかりした集会室&体育室がありました。離れには畳の宿直室もあり、平屋ながらこぢんまりとした、ひと通りの機能の揃った学校でした。正面入ってすぐのところには、給食台があって、洗面台があります。高学年は4Km程離れた本校に通っていて、この校舎には1〜3年生しかいなかったため、手洗いから黒板の高さまで、全てが低学年向けで低くてとても可愛らしいものでした。

分校フォトアルバム

私はこの校舎で会のHPを作り、野菜の販売に関すること、会合のための連絡などを行いました。講師を招いて勉強会を開いたり、隣県の有機農業のカリスマに話を聞きに行ったり、ぶどう畑の隣には研究圃場もあったので、一緒に農作業を行ったり、デザイン作業と農業にとっぷりハマった時間を過ごしていました。

「無農薬=オーガニック」と唄えるのはJAS有機に認定された農作物だけで、会では独自の基準を作り、認定制度を皆で考え出し、それをまとめるまでに2年近くがかかりました。JAS有機法では使える農薬があり、(ぶどうやこんにゃくの消毒に使うボルドーなど)会ではそれも禁止し、JAS有機よりも厳しい基準を自分たちに課していました。

私は自分で作る生ジュース用の野菜も会員から分けて貰えたので、農薬・化学肥料不使用の野菜ジュースをいくらでも作ることができ、とても恵まれた環境で闘病生活を送ることが出来たのでした。



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